本当にこれが望みですか?

こんな記事を読んだ。

しかし、一方で日本人は地震で起こったあらゆる物事を「仕方がない」の一言で片づけようとしてはいまいか---外国人記者の口からは、そんな鋭い意見も聞かれた。前出・パリー氏はこう言う。

「避難所では皆ギリギリの生活をしている。被災者は皆頑張っているというのに、(物資もロクに届けられないとは)政府はなにをしているのか、と思うときがあった。被災地の人はもっと声を上げて叫ぶべきではないか。これがイギリス人だったら、政府の注意を引くためにもっと暴れていると思います。ここにも日本人の『仕方がない』精神が表れている気がしますね」


外国人記者が見た「この国のメンタリティ」「優しすぎる日本人へ」(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)


「日本人」と一括りにしてしまう書きようはくだらないなぁ、という感想はさておき。
見辛くなったはてブ*1で何気なくブコメを眺めていると、「別に許しているわけではない」「本当は怒っている」といった意見がけっこうあるようだ。


はてなブックマーク - 外国人記者が見た「この国のメンタリティ」 「優しすぎる日本人へ」 | 経済の死角 |


でもさ。僕たちがそこで声を上げないから、今の、このような社会の在り様がいつまでも続いているんじゃないのかな。違いますか?


また、こんな記事も読んだ。


星アカリ(akariakarin123)氏の、東京電力に対する見解 - Togetter


要約するのも実にアホらしいけれど「法が東京電力を裁かないなら、東京電力社員の子供を社会がボイコットすることで、東京電力社員に怒りを届けよう」と言った人がいたらしい。
実にどうでもいい話で、こんなことで大騒ぎしている人の気が知れないんだけど、もし、法を超えて抗議の意思を示したいのであれば、この人は、こんな下衆なことは言わずにただ単にこう言えば良かったのだ。


「10万人ぐらいで集まって、東京電力を包囲しようよ!」


個人的には、東京電力を悪の象徴にしてしまうということは、この事態を引き起こした構造を隠蔽することにもなりかねないと感じている。
でも少なくともこれくらいのことができたなら、この社会の風景も、ちょっとは変わってくるんじゃないのかな。

*1:事前にベータ版を公開して、意見を集約してから切り替えておけばブーイングも少なかっただろうに。