2005年7月18日 未明

便所で小便をしている。


途中で、これは夢だと気が付く。
そして、周囲を観察してみることにした。
辺りは夢だとは思えないほど、細部にわたってリアルで、また、感触もしっかりとあった。
しかし同時に、ある程度、意識の集中を維持していないと、そのリアルさや感触は、すぐにぼやけてしまうのだった。


「どうやら、夢の中で世界を維持するには、ちょっとしたコツが必要みたいだな。。」


そう考えた瞬間、便所の窓を、誰かが「コンコン」、とノックした。
窓の外には、久しく会っていない友人が立っていた。友人は、僕の知らない人達を、5人ほど連れている。


--- このあたりから、夢だという自覚は薄れる。


友人は言った。
「メールで飲もうって誘ってくれたじゃん。だから、来たんだ。」


僕は彼に、飲みに誘うメールを出した事を思い出した。*1
しかし、それは1ヶ月も前のことだった。しかも、今の時刻は午前の4時だ。


僕は、誘いを断り、後日、必ず飲もうと約束した。

*1:夢の中のみの設定です。

2005年7月18日 早朝

僕は、運び屋となっていた。
畳1畳ほどの大きさの、スケートボードのような機械に乗り、宙を滑空して物や人を運ぶ仕事だ。


ひょんなことから、指名手配となっている男を、逃してあげることになった。
大勢の男たちが、その指名手配の男を追っていた。


深夜。
僕達は、住宅街へと逃げ込んだ。
辺りで一番高い、住宅の屋根に機械を乗り付け、息を潜める。
追手の男たちが、大勢、路地を走りまわって僕等を探しているのが、屋根の上から良く見える。


僕は再び機械を操り、屋根から屋根へと飛び移りつづけ、無事男を逃すことに成功した。


ここで場面が変わる。


男を逃すことにも成功し、僕はすっかり退屈していた。
この機械で、誰も挑戦したことの無い、太洋の横断をやってみようか。。などと考えていた。

戦いの実像

アフガニスタン政府軍当局者は17日、AFP通信などに対し同国東部ホスト州にある政府軍基地がロケット砲攻撃を受けたため反撃、外国人を含む武装勢力20人を殺害したと語った。反撃には米軍爆撃機も参加。
(中略)
遺体の葬儀には地元住民数千人が集まり、死者を「殉教者」としてたたえたという。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050717-00000080-mai-int

僕達は、「テロとの戦い」だと言っている。でもそれは、一方の視点に過ぎない。